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5月

2010

2010.5.13 医薬品の製剤・包装にも光を

マーケティングの守備範囲

クスリにおいて重視されるポイントとは一体何でしょう、と訊かれると、多分こたえの多くは効果(薬効)と副作用の2つであると返ってくるでしょう。
この2つに加えて用法(注射か内服か、注射でも自己注射できるのか、一日一回か等々)を含めると、これらはみんな治療に直接関わることですので、関心がそこに行くのは当然の話です。
アンメットメディカルニーズ(
unmet medical needs:満たされていない医療ニーズ)として、通常取り上げられるのは、現在の治療薬剤では達成できていない、または達成度が低い「改善領域」のことになりますが、ここに「薬効、副作用、用法」などが挙げられるのはそれが目立ってかつ重要だとみなされるからでしょう。

一方で、製剤(どんな剤形にするか)や包装については、アンメットメディカルニーズの範疇で語られることはほとんどありません。それはなぜでしょうか?

ここでは、嶋口充輝教授の提唱している製品・サービスにおける「満足のピラミッド」を使って、説明してみます。(嶋口充輝「顧客満足型マーケティングの構図」有斐閣1994年)


製剤や包装などはそれら自体の重要性が低いと言うのでなく、それが医薬品の「本質機能」ではなく「表層機能」とみなされる、という考え方が説明として妥当なのではないでしょうか。

 

この図は嶋口教授のオリジナル(同書71頁)を基に、医療用医薬品向けに筆者が改変したものです。
ピラミッドの底部をなす本質機能に「有効性、安全性、医薬品情報」の三項目を入れたのは私見にすぎませんが、嶋口教授によれば、顧客満足を上げるには、ピラミッド(三角形)の面積を大きくすることが必要だと言います。
それには2種類のアプローチがあって、一つは底辺の本質機能を広く(横に拡大)して三角形の底辺長を拡げること。そしてもう一つが、表層機能と呼ばれるピラミッドの上半分の高さを伸ばして、三角形の高さを上げることです。
ここにおいて原著者が強調している重要点は、本質機能は、製品・サービスの機能のコア部分ですから、どの一つが欠けても成り立たない「代償性の無い」機能であるのに対して、表層機能は複数あった場合に、どれかが良ければ他の悪い属性をある程度補完してくれる「代償性のある」機能だと言うことです。

これは、私たちの実感にも即した、大変判り易い整理だと思います。

ただ、実際問題としては、表層機能の例として図に示しました属性は筆者の私見にすぎず、表層機能と本質機能の区別はいつもコンセンサスの得られるものではないと言う事はあり議論を呼ぶかも知れません。

例えば1型糖尿病に用いるインスリン注射で、もし自己注射ができない薬剤を作った場合に、自己注射という「用法」が本当に表層機能である、と言えるかどうかは大きな疑問です。治療継続を考えれば、常識的にみても、自己注射という用法はmustであり、もはや本質機能の一部であるはずです。
一方でリウマチに対する最近の抗体医薬の場合はどうでしょうか?
これらの抗体医薬品も、皮下注製剤によって患者さんが自己注射をするという大きな流れはありますが、インスリンと異なり投与間隔が数週間単位とある程度長いことから、治療における通院の間隔と同じタイミングになる場合もあります。
その場合ですと患者さんとしてはめんどうな自己注射よりも、診療のために病院に行った際に点滴や、皮下注射をしてもらう方が「便利」であるとして自己注射を選択しないことも起きて来ますので、自己注射という属性は本質機能とまではみなされず、表層機能にとどまるかもしれません。

 

このように、表層機能というのも、ある程度相対的なものであることをお断りしたうえで、もう一度図に記載しました例を見て下さい。

投与方法、投与頻度、使い易さ
包装・識別性
保管・調整方法

これらは、クスリをあつかう患者さんやその家族(介護者)はもちろん、薬剤師や医師、看護師などにとって重要な問題です。
先ほどの例で言えば、自己注射のインスリン製剤の自宅における保管(温度管理)なども、使い勝手を決める大切な因子です。
しかし実際には効果や安全性ほどには、正面切って光を当てられることは少ないのが現状です。

製薬企業で製品のプロモーションを担っているMRも、使いやすさ(又は使いにくさ)包装、識別性、保管・調整上の問題について積極的に医療現場の生の声を聴くことはあまり無いようです。
その理由は、意見を聴いて会社に持ち帰っても、対応することが難しい「顧客の声」が多いからかもしれません。
また本来は企業内で確実にMRに「実習」させるべき実務である、自らの手で製品を開封する、ヒートシールを取りだす、錠剤を手にとって眺める、バイアル瓶を取り出してラベルを読む、などの行為も充填製品以外ではスキップしていることもあるために、実体を知らないままプロモーションしている製品があるのは残念としか言いようがありません。
そんな経験レベルのMRが、ある日プロダクトマネージャーに指名されて本社に赴任しても、やはり現物の製品を手に取る機会もなく、プロマネとして「大活躍」することさえあるのは、笑いごとでは無く恐いはなしです。

先日、ある製薬会社のかたと話をする機会がありましたが、そのかた曰く、「プロダクトマネージャーであっても自分の製品の包装や剤形に全く興味を示さない、無関心の人が結構いて驚く」との事でした。

プロモーションと売り上げ管理に「全精力を使い尽くさざるを得ない」姿が垣間見れるような思いです。

もちろん、これが全ての姿ではありません。新製品の発売前の企画段階から製品に関わっているプロダクトマネージャーはもちろん、包装設計やデザイン、添付文書の封入方式に至るまで、細かく経過を見るチャンスはあるはずです。そのなかで必要なマーケティングとしてのインプットを求められたり、いくつもの選択肢のなかから、技術的可能性や経済性、競合優位性などを勘案して「決断」をする場合もあるでしょう。

マーケティングの観点からは、実際にこのような領域で。製品差別化につながるまでの「工夫」がされるケースはあまりないので、プロダクトマネージャーもあまり興味を示さない領域です。しかし、薬剤の識別性を確保し、誤投与や誤調剤を防ぐにはどんなデザインや色が適切なのかを考えることは、思った以上に骨の折れる仕事であっても、リスク管理上は充分ペイする業務だと思っています。

こうした作業を行う際の課題を、ここでは2つ挙げておきましょう。

ひとつは、こうした配慮・検討は発売前に、全ての新製品について決まったプロセスで行われるようなシステムを作らなくては意味がないことです。
一度、市場に出してしまった製品について、識別性を上げる為に色調を変える、ラベルのデザインを変更する、錠剤の識別コードに加えて薬剤名まで刻印する、パッケージを開封しやすいものにする、力価の違いが峻別できるようデザインされた数字を追加で入れる、などの作業は、医療現場に一時的であれ「混乱」を引き起こします。
新旧切り替えには流通上の配慮も出て来ます。それに何といっても手間と時間とお金がかかり、それに見合うメリットの向上があるのかを常に問われます。
こうしたハードルを全て通り抜けた場合に、初めて変更が可能になるのです。したがって、こうした労力を考えると、予知できる範囲で発売前に実施しておくことが必須だと言えます。
発売を急いで、包装や製材関連の検討を妥協して発売後に先送りすると、手直しには数倍以上の時間とエネルギーがかかることを覚悟しなければなりません。
その頃には社内には「反対派」も相当出て来ますから、実現できないケースになることもまれではありません。

こうしたことを防ぎ、一定の検討を確実に行わせる恐らく唯一の方法は、製剤・包装などに関して決まったプロセスの関門を作り、どんな新製品もその関門を通過しないと、社長から販売・製造の「社内承認」が得られないようにシステム化してしまうことです。
これは実施しようと思えば、できることですが、この領域を担当する責任者が声をきちんと挙げて上層部を説得できないと実現しません。

二つ目の課題は、実際に「検討や判断」をするときに、誰の声を聴くのか?です。

社内で経験のある人から、経験上の意見をもらうことはもちろん重要ですが、それだけで十分でしょうか?

特に新しい(治療)領域である場合や、企業として当該製品の剤形などに経験が不足している場合には、やはり顧客の声を聴くのが妥当だと考えられます。
でも実際には誰に聞きに行ったら良いのか判然としない場合が多いと思われます。薬剤部、看護師、医師など、状況によって異なりますが、こうした評価に経験を有する、妥当な(厳しい)眼をもった専門職の人たちに、早く手軽にアクセスできる方法が残念ながら確立しているとは言えません。
企業としては、何らかの「つて」を頼りに、少人数の薬剤師などに意見を聴きに行くことで、何とか目標を達成している場合が多いのではないでしょうか。
もちろん市場調査として企画する方法は妥当なアプローチのひとつですが、プライマリー調査としてこれを新規に行えば、リクルートも含めてかなりの時間と費用を要することになるでしょう。

そうした観点からは、毎回アドホックに調査を企画するよりも、そうした企業からの製剤・包装関連の疑問に対して、一定以上のレベルで「回答・意見」を出せる固定的な専門職のパネルを持つことは有用だと思われます。

医療の現場では、頻繁に組み合わされて処方される他社薬剤もあります。ですから、競合する製品とだけ色を違えて識別できるようにしても、組み合わせで処方される別な薬剤と似てしまって、調剤上のヒヤリ・ハットにつながるケースもあり得ます。こうしたことは現場に訊かなければ、企業内では想定することは困難な話です。
固定的アドバイザリーボード(評価パネル)が負担無く作れて、製薬企業によって大いに活用される日がくれば、「あとの祭り」事象はもっと減るはずです。

このような、製剤・パッケージングの分野にもマーケティングがもっと興味を持ち、知識や顧客インサイト得る力を付けて、自分たちの守備範囲を拡げることが、顧客満足の大きく貢献するはずです。

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