金
19
2月
2010
さすがに良心のある(?)まともなマスメディアは混在させて使うことを止めたようですが、ガンの治療に対する選択肢に「最新治療」と「標準治療」の2種類があります。言葉のもつ響きもあるかも知れませんが、患者さんや家族に説明なしでこの2種の治療法を呈示すると、(データは持ち合わせませんが)かなりの確率で「最新医療」が選択されるようです。
まるで、食堂で「特上」と「並」のどちらを選びますか?と問いかけているように聞こえるのでしょう。
そりゃぁ、ガンですもの、1個しかない命がかかっているんですから、ここは奮発してでも「先生、『並』じゃないほう、つまり『特上』じゃなかった、その『最新治療』ってのを是非ウチのやつにお願いします」と言いかけたくなる気持ちは良くわかります。
そもそも、言葉の定義や説明なしに、誤解を生む「名前」を付けていること自体が、相当罪深いなあと思いますが、とにかく評判の良い「最新治療」は、時にメディアをにぎわし、エライさんがうんちくを垂れてその効果や「可能性」を力説することが多いのに比べ、一方の「標準治療」に光が当たることは大変残念ですがまれです。
抗がん剤治療であっても、手術でも放射線でも、ある種のあるステージのガンにたいしては、どんな治療法の選択が、現時点でこれまでのデータに基づいて一番信頼がおけるかを検討して出た結論が「標準治療」だということは、どれだけ力説してもまだ十分ではないでしょう。
もちろん、「標準治療」も万能かつ決定的ではないですから、ケースによってどこまで「標準」と言えるのか、証拠となる臨床試験のデータ(エビデンス)は十分なのか、と言った疑問符がつく場合もあります。また、多くの患者さんによって確かめられた標準治療は、患者さんのマジョリティーを占めるタイプのものにしか確立していない、さらに臨床試験と言う性格上、腎臓や肝臓、心機能などが一定以上の「元気な」ガン患者さんにおける証拠であり、それを今目の前にいる残念ながら「元気ではない」患者さんに、そのまま外挿(あてはめ)ができにくいといった弱点を持っています。
こうしたことから、まれなタイプのガンである場合にはデータが存在しない、また患者さん自身に腎機能低下などがある場合には、臨床試験で標準治療を受けた患者さんと背景が違うので、クスリが同じ量だけ使えなかったり、あらわれる副作用が違ってくる可能性が高いので、標準治療がそのままおすすめできない患者さんがいるのはやむを得ないところです。
そんな弱みも持つ「標準療法」ではありますが、最大の売りは、歴史とデータによって裏打ちされている点でしょう。ある治療法が「標準」になるには当然ですが一定の試練があって、それまでの標準治療と比較試験をして勝たなくてはならないのです。勝つというのは、有効性・安全性が第一でコストも副次的に勘案されて結論が出されることが普通ですから、「標準治療」は、時の試練を経た勝者として一定以上の信頼を得ているわけです。
一方の花形である、「最新治療」は、その「標準治療」を打ち負かすべく登場した期待のルーキーではありますが、まだ経験試合数も少なく、先発完投を任せるだけの安定感もデータもないのです。最終的には、大規模な(多くの患者数で多施設で行われる)比較試験で、現在の標準治療と最新治療のどちらが優れものかを確かめることを行い、もし最新治療が標準治療に勝って、その成績が再現性のあるものであることが専門家の間で認められれば、その最新治療が、今度の標準治療となるわけです。
もし、最新治療が、標準治療ほどの力量があるか不明で自信が持てない場合には、標準治療と全面対決するのでなく、特定の場合に限って力を認めてもらうことがあります。標準治療で再発をした場合に限定する使用などは、その代表例です。再び野球の例で言えば、先発投手が7回以降にKOされた場合に限ってリリーフで使う、というパターンに似ています。先発(標準治療)は既にKOされていますから出番はありません。したがって、そのような特殊場面に限って(当面は)最新治療が活躍を許されるようなものですね。
最新治療のリリーフの戦績が安定してデータが集まったところで、この治療が先発でも行けるのかどうかを臨床で試験をすることが出てくるわけです。ここに至って、標準治療と同じステージで、最新治療が比較されます。
ですから、最新治療は、それが「最新」であって「標準」にならないうちは、どこかにまだ、先発として出せない事情があると考えるべきなのです。たとえば、ある試験では標準試験に対して勝ったけれども、別なグループが行った同じような試験では負けた(または差が無かった)など、複数の試験結果が矛盾している場合も、昇格させられない事になります。
ですから、最新治療があることはまさに朗報には間違いないことで、患者さんとしては意を強くできる材料ですが、それは、まだ標準治療ほどには効果や副作用に関する安定した成績を出せていないので、実用上はやや試験的な性格がある治療なんだ、と理解しておくと大きな間違いは無いように思います。
標準治療が何らかの理由で使えないケースも現実には多くあるでしょう。患者さんの状態や病気の種類などで、むしろ最新治療をこそ適用すべきというケースもあるかもしれません。何といっても標準治療が効かなくなったときに効いてくれる最新治療なら、こんな有り難いものはありませんね。
そう考えると、患者さんとしてはまず標準治療が何かをきちんと知って(医師から聞いた)うえで、それが自分の疾患に適用できるのかできないのかを、しっかり医師から説明してもらうことが重要ですね。そのうえで、別な選択肢としての最新治療がどんなもので、まだ先発投手になれないのはどこが問題なのかを教えてもらい、いつのタイミングなら、最新治療が自分の治療の役に立つのか、目星が付けられると最高ですね。
どこの施設でも、こうした基本的なインフォームドコンセント、インフォームドチョイスが行われることが目標ですが、現実はそうなっていません。ガン治療の拠点病院というものがどこの都道府県にでもかならず複数ありますから、心配な場合にはそこの相談支援を受けてみるのも一法でしょう。
何度もこのブログで書いていることですが、患者の医療リテラシーの向上が、日本の医療を良くするかぎだろうと確信しています。医療側の自浄努力はそれと並行して行われるべきですが、情報の非対称性をこれ以上大きくすることが、誰も幸福にしないことは明らかです。「患者よ、がんと戦うか戦わないかは、自由だ。でもその大事な判断をするためにも賢くなれ」という応援メッセージをもっと強く出して、それを実現・支援する社会にしたいですね。